農研機構 野菜花き研究部門
近年、夏季の気温上昇が顕著となり、高温対策の重要性はますます高まっている。そこで、トマトが高温によって受ける具体的な障害と、生産現場で活用されている高温対策技術、導入にかかるコストと費用対効果の考え方について、施設栽培の専門家である農研機構 野菜花き研究部門 施設生産システム研究領域 施設野菜花き生育制御グループの小郷裕子主任研究員に解説してもらう。
暑すぎるとどうなる?
トマトに現れる高温の影響
トマト栽培に適切な気温は、昼温度25度前後、夜温10~20度程度であると考えられている。ただし、器官ごとに温度の感受性が異なる。一般的に、花や果実は高温に対して敏感であり、30~35度程度で高温の悪影響が出るとの報告がある。根や葉は花や果実に比べればやや耐性があり、もう少し高い温度で悪影響が出始めると考えられている。
高温の影響は、高温の遭遇時間、夜間の気温、日射・湿度・かん水・肥料などの気温以外の環境、栽培方法、植物の状態、品種など、さまざまな条件によって大きく異なるため、障害が発生する温度はあくまで目安として捉えていただきたい。
以下に、高温環境下でトマトに生じる主な生育不良を列挙する=図。

花─花粉に害
トマトの花、特に花粉は高温に対する感受性が極めて高い。開花前後の時期に高温に遭遇すると、花粉の生理的機能が失われたり、放出される花粉が少なくなったりする。その結果、受粉や受精が行われず、着果不良を引き起こす。
果実─肥大不良に
高温は、開花前後から果実の成熟期にかけて、果実成長にさまざまな影響を及ぼす。開花前後の高温によって受粉が抑制されると、果実の肥大を促進するオーキシンやジベレリンなどの植物ホルモンの合成や作用が抑制され、着果不良に加えて果実の肥大も進まず肥大不良果となる。
また、果実成長後期に高温に遭遇したり、強日射により果実温度が高くなったりすると、赤色が十分に付かない黄変果が発生することがある。これは、果実中の主要な赤色色素であるリコペンの生合成が抑制されるためである。
さらに、高温期には裂果や尻腐れ果などの障害果も多発する。これら障害果は、高温だけが原因で起こるわけではないが、日射や湿度とともに発生を助長する一因となっている。
根─発達を抑制
育苗期や定植期に高温にさらされると、草勢低下が生じやすい。これは根の発達抑制により、水や養分の吸収が十分に行われなくなることが原因と考えられている。
葉─機能が低下
高温環境は光合成速度を低下させる。
これは、高温により光合成に関わる酵素の機能が低下することに加え、呼吸によって光合成産物の消費が高くなるためと考えられている。
暑さに備えるトマト栽培
~対策技術~
高温環境下でも安定した生産を維持するためには、①植物の高温障害を軽減する方法②施設栽培の場合は環境制御によりハウス内の温度を効果的に下げる昇温抑制方法――の両面からの対応が考えられる。以下に主な高温対策技術を紹介する。
①植物の高温障害軽減
植物ホルモンの利用
着果不良や果実肥大不良を抑制するために、オーキシンやジベレリンなどの植物ホルモンを開花した花に噴霧する。これにより、受粉が困難な条件でも果実の肥大を促すことが可能。特に高温条件下ではオーキシンとジベレリンの併用処理が有効である。
強勢台木
高温期の草勢低下を防ぐため、強勢台木の接ぎ木苗を用いることが考えられる。強勢台木利用は、根の生理活性を高め、水や無機栄養の吸収能力を上げる効果があるとされ、高温期の収量増加に有効であると報告されている。
葉による日よけ
果実は蒸散量が少ないため、日光が直接当たると表面温度が上昇しやすく、高温障害の原因となる。これを防ぐためには、日よけ葉を適切に確保することが重要である。葉による遮光により果実の温度上昇を抑えることができ、不良果の発生を軽減する効果が期待される。
②ハウス内の昇温抑制
遮光カーテン
通常の遮光カーテンの展張は光合成に利用される光も遮るため、過剰な遮光には注意が必要である。しかし、株が小さく強い光を求めない時期や、高温による生育障害のリスクが極めて高い時期には、遮光カーテンの使用が生育環境の改善に寄与すると期待される。

遮熱資材
被覆資材として遮熱フィルムの利用や屋根への遮熱剤塗布により、ハウス内の昇温を抑制できる。これらの資材は、光合成に利用される可視光の透過率が高く、物質を加熱する働きのある赤外光の透過率が低いため、光合成の低下を抑えつつ温度を下げる効果が期待される。
細霧冷房
ハウス内にミストを噴霧して気化熱によって温度を下げることができる。2度以上の昇温抑制効果があることが報告されており、昇温抑制以外にも湿度コントロールにも使用できる。
ヒートポンプ
ヒートポンプは昇温抑制効果が極めて高い技術だが、消費エネルギーが多いことから夜間の冷房に用いられる場合が多い。昇温抑制以外にも、除湿を行うことも可能である。

費用と効果を見極める
~高温対策のポイント~
以上のように、トマトの高温障害を軽減するための技術には多様な選択肢が考えられるが、それぞれ導入コストが異なる。経営規模や栽培環境に応じた技術選定が重要となる。
植物ホルモンの処理や強勢台木の利用、日よけ葉の確保、遮光資材の活用などは、比較的初期投資が小さく、中小規模の施設でも取り入れやすい技術である。
一方、細霧冷房やヒートポンプなどの設備は初期投資が大きく、一定規模以上の施設を有する経営体での導入が現実的である。導入に際しては、障害の発生状況や対策後の効果を具体的な数値として把握し、技術導入によるコスト増と対策後の効果による収益向上を客観的に評価することで、より納得のいく判断につながる。
農研機構 野菜花き研究部門では、果菜類の生育や収量をシミュレーションできるツールを開発している。このツールを活用することで、気温を下げた場合や遮光カーテンを使用した場合など、さまざまな条件による収量変動を数値で評価でき、設備導入の費用対効果を事前に検討することが可能となる。
こうしたツールを活用しながら、現場の状況に適した技術を選択することで、高温期の安定生産や収益向上につながることが期待される。
| 農研機構 野菜花き研究部門 施設生産システム研究領域 施設野菜花き生育制御グループ 主任研究員 小郷裕子 |
