未来拓く農高生 世界を体感

畜産ティーン育成プロジェクト
 将来の農業者リーダーとなる農業高等学校生徒に、世界の畜産が盛んな国々で畜産業を学んでもらうプロジェクト。今回の訪問先のオーストラリアでは、学校での学習、ファームステイ、視察・見学の他、同国の洗練された畜産業の現状や後継者育成の仕組みや取り組みなどを学ぶ。この研修により、将来の日本の畜産業を発展させようという強い意志を持つ人材になってもらい、「畜産アンバサダー」として、畜産業の魅力を広くPRしてもらうことを目的としている。
 本事業は、2018年度からの前身事業も含め、日本中央競馬会の畜産振興事業の助成により実施されている。
 本年度、研修に参加したふたりの学生に現地で学んだことや将来の夢などを語ってもらった。
夢は和牛の繁殖農家
プロジェクト参加者①
田中 優羽ゆは さん
熊本県立菊池農業高等学校
畜産科学科 2年

小学校で「将来は牛飼い」に

 保育園の散歩コースにある牛舎で、牛と触れ合うのが至福だった幼少期。小学校行事の10歳を祝う“2分の1成人式”で田中優羽さんは、「将来は牛飼いになる」と全校生の前で宣言した。母が知り合った高齢の和牛繁殖農家に夢を伝えると、「うちは歳だからユハちゃんに譲るよ。でも大学は出ろ。戻ってくるまで頑張って待っているから」と約束してくれた。将来は和牛の繁殖農家になると心に決めた。

 地元佐賀県の農業高校に行くつもりが、そこには乳牛が1頭しかいない。「じゃあ県外に行っちゃえ」と熊本県の菊池農業高校へ。非農家の両親も「寂しいとは思わないから行ってこい」と背中を押してくれた。今は親元を離れ寮生活だが、牛のそばにいられるのが何よりうれしくて、「牛に近くて最高です」と目を輝かせる。

 畜産ティーン育成プロジェクトへは1年生のとき、先生に「ユハ、オーストラリアに行くぞ」といわれ、「行きます!」と二つ返事。しかし応募できるのは2年生からだった。今思うと先生は、それを知りながら、本気度を測っていたのかもしれない。2年生で再び手を挙げ、全国20人のうちの1人に選ばれた。

AWにとらわれ過ぎず

 オーストラリアで印象に残ったのは、国民が国産やローカル品を購入しようという意識が強いこと。農家も消費者に応えるため、アニマルウェルフェア(快適性に配慮した家畜の飼養管理=AW)を実践していた。

 同国の高校で先生に「日本の牛は、狭い牛舎で飼うのでAWを達成できずかわいそうと思うか」と質問すると、「和牛の質が高いのは個体管理をしっかりやっているから。1頭ずつ手をかけるのはとても理解できる」と答えてくれた。

 それを聞き、AWという言葉にとらわれ過ぎなくてもいい、日本の強みとしての和牛に力を入れるのは大事なことだと思うようになった。

 研修はプロジェクトに参加した中から5人でグループを組む。帰国後の報告会での発表内容で、夢もさまざまな5人は幾度も衝突。深夜まで議論することで、さらに仲が深まった。学校でも畜産のことを、ここまで深く話せる友達は周りにいない。それがとても楽しく新鮮な出会いだった。みんなとは同じ畜産という夢に向かう仲間として、今も連絡を取りあっている。

 将来は佐賀で和牛繁殖農家になり、ふれあい体験などを通じ地元の魅力を作っていきたい。


夢は仙台牛を世界規格に
プロジェクト参加者②
碧虎あおと さん
宮城県農業高等学校
農業科 3年

仙台牛で優勝目指す

 「牛の一歩と自分の一歩を合わせて!」。後輩たちに声をかける。共進会で牛を誘導するリードマンの模擬演習。会では牛はもちろん、それを引く人も見られる。宮城農高(宮農)が一番になるため、星碧虎さんは「牛部」部長として部員の指導に励む。

 実家は仙台市。宮農のある名取市までは、バス、電車、自転車を乗り継ぎ、片道1時間半かかる。午前6時に家を出て、帰宅は午後10時。「牛舎に行くついでに学校に来ている」ほど牛舎に居る時間が長い。遊園地より牛舎に行きたがった幼少期。それは今も変わらない。

 中学の時から、「仙台牛」をもっと広めたかった。全国で唯一、肉質等級が最高の「5」に格付けされないと呼称が許されないブランド牛肉「仙台牛」。しかし知名度が今一つなのが悔しかった。

 宮農に行き仙台牛で、「和牛甲子園」で総合優勝する。その目標に向け子牛から育て上げた仙台牛候補の「すず五郎」。来年1月の“和牛甲子園”を見据え、仕上げの飼養管理に余念がない。環境保全にも着目し、メタンガス削減効果が期待できる飼料を牛に与える。削減に成功したデータを取りまとめ、和牛甲子園で発表する予定だ。

環境保全を付加価値に

 メタンガスの研究をするうちに、外国は日本より環境への意識が高いのか確かめたくなった。そこで畜産ティーン育成プロジェクトに応募した。

 オーストラリアの肉屋で質問すると、消費者は肉が提供されるまでの飼養管理に関心が高いことが分かった。AWを実践しているか、持続可能な農業をしているかなど、人や社会、環境に配慮した消費行動「エシカル(倫理的)消費」が定着していると感じた。

 帰国後は、消費者の環境に対する意識を高めるため、まず生産者から意識を変えなければいけないと思った。ともすれば、経営にはプラスにならないと思われがちな環境保全。しかしそこにアプローチした牛の価格が上がるなど、日本にもエシカル消費は広がりつつある。そのことを、もっと生産者に発信していきたい。
 高校卒業後は、山形県の大学で、仙台牛の肉質を追求する研究と世界にその魅力を発信するためのマーケティング方法を学ぶつもりだ。
 この渡航体験で、日本だからできる、日本でしかできない、畜産の営み方を強く意識するようになった。

畜産ティーン育成プロジェクト事業を担って
公益社団法人 国際農業者交流協会
業務部長 皆戸顕彦

 国際農業者交流協会は、農業の担い手を1952年から海外に送り出す研修を始めた。現在までに15,000人強を送り出している。

 主に20歳以上の農業者に国際感覚を身につけてもらうもので、高校生は対象にしていなかった。しかし、これから進路を決める人たちに、畜産の重要性を意識付けることは大事だと考え、JRAの畜産振興事業に採択していただいた。2018年度本年度までのべ118人の高校生が参加した。

 選ばれた高校生たちには、渡航前に事前研修をさせた。放課後にオンライン上で、畜産の専門家の講義や参加者同士で協議をさせモチベーションを高めた。

 今回の訪問先であるオーストラリアでは、日本との違いを意識させ、どちらが優れているかではなく、両方を知ることで深い知見が持てるよう配慮した。

 帰国後は、自分たちが理解したことを班ごとに議論させ、自分の言葉にして発表させた。そうすることで、重要性が個々に染み込む。  彼らは今後、畜産アンバサダー(宣伝大使)として、研修で学んだことを各所で発信。そして、それを聞いた人々にさまざまな刺激を与える。若年層なら、将来畜産の仕事に就きたいとか、現役世代には頼もしい後輩が育っているから自分も負けられないとかだ。今後彼らは、日本の畜産業の魅力を発信する存在になるだろう。

事業名

畜産ティーン育成プロジェクト

事業実施主体

公益社団法人 国際農業者交流協会

企画・制作/日本農業新聞 広告部